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通天橋

仏殿から開山堂(常楽庵)に至る渓谷(洗玉澗;せんぎょくかん)に架けられた橋廊です。1380(天授6)年、春屋妙葩(しゅんおくみょうは;普明国師)が谷を渡る労苦から僧を救うため架けたとつたえられ、歩廊入口には同国師の筆になる「通天橋」の扁額をかかげます。
南宋径山(きんざん)の橋を模し、聖一国師が通天と名付けました。
その後、第四十三世住持、性海霊見が修造し、長廊を架したともいわれますが、その後も幾度か架け替えられ、現在のものは、1959(昭和34)年、台風によって倒壊したものを1961(同36)年、再建したものです。
老僧の紫衣(しい)もみどりにそみつべき通天橋の若楓かな 九条武子
踏みすぐる一渓紅錦の雲 頼山陽
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洗玉澗一帯に繁る楓は俗に通天紅葉と呼ばれ、開山聖一国師円爾弁円が宋国より渡来したものとつたわります。葉は三つに分かれ、黄金色に染まるのが特徴で、数は二千本に及んでいます。
古来より僧や文人墨客の吟詠をさそった通天橋からの渓谷美、通天橋の春夏秋冬は、今もなお、訪れるものの心を洗い清めてくれるようです。
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通天橋より方丈通天台を望む
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歩廊内部
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